

| 第八話 久し振りの変身 |
| 三月に、ある民放のスペシャル番組でしたが、ノッポさんの案内で、ダチョウ倶楽部の三人がゴン太くんを訪ねて来ました。東京小平市にある白梅学園短大の八木研究室でしたが、実は、隣の部屋の第一造形室の大きなケースの中に本物のゴン太くんは飾られています。 「うわぁ、ゴン太くんだ、ほんものだぁ」 と三人が喜んで抱き付くと、いきなりゴン太くんが動き出す、と言ったていどのお話なのですが、久し振りに井村さんがゴン太くんの中に入って踊りました。ノッポさんとゴン太くんが、いや井村さんと並んで踊るのは久し振りのことでした。 三年ほど前にレプリカのゴン太くんが生まれるまでは、ずっと一人。それまでは時々造形室から抜け出して、ノッポさんと舞台に立っていたのですが、長い間一人っ子でがんばっていたものですから、見た目よりもずっとお年寄りです。だから目玉や口のからくりが少し不具合を見せるようになっていました。 そんなことでここ数年、本物のゴン太くんは八木教授が厳しく外出禁止にしていましたので、電話での出演依頼を断るのが大変でした。 レプリカの分身が生まれてからは、井村さんの代わりの人も見つかり、今は外歩きも自由になり、本物もゆっくり休めるようになっていました。 そんなところにどうしても、本物のゴン太くんに会いたいと言う話なので、マリ子さんが急いで、不具合だったからくり部分を直して、無事に踊ることが出来ました。 「できるかな」を放送している時には、子どもたちの前で、決して着替えをしなかった井村さんは、ダチョウ倶楽部の三人の前でも脱ぐことをしませんでした。 だれもいなければ、重い頭を取って休むのですが、そうでなければこんな風にしゃがみこんで休みます。意外に可愛いポーズでした。 |
| 第七話 ゴン太くんは三頭身 |
| 子どもは大人と比べて頭でっかちに見えます。 頭が重そうで、足元が頼りなげだから、支えてやりたくなります。 ノッポさんより背を低く見せるために帽子をかぶせ、頭でっかちに したのも、可愛いイメージのゴン太くんにしたかったからです。 帽子から下の頭から身体を計ると、ほぼ三頭身です。 イメージとしてはねらいどうりでした。短い手をバタバタさせながら短い足でドタドタ走るかっこうは、幼い子どもの姿そのものでした。 もちろん、中に入っている井村さんの演技力によるところが多いと思いますが、形だけでなく、動きもスマートなノッポさんと対照的であったことも、良いコンビになった条件だったなと思っています。 計算違いがひとつ、それは「手」です。 手をバタバタさせて走るだけなら良かったのですが、ものを作る番組ですから、材料や道具を持つ機会が多いのです。 人間のように五本指にしても、野球のグラブのような指では何も掴めません。かといって、井村さんの手に手袋をはめて出すと、デザイン的にアンバランスで、私としては耐えられませんでした。 四本の指と親指に別れている手袋があります。ゴン太くんの手はまさにその形で、内側に親指を出す穴をあけてあるのです。 親指だけとはいえ、ひょんなことで見えないとは限りませんから、茶色に染めた薄い手袋をはめていました。持つ、掴むだけなら、これで十分でした。 ただし、じゃんけんはいつもノッポさんに負けていました。 実はもっと困ったことがありました。透視図を見ると分かるように肘の関節のところがあごの下、だから、井村さんは自分の腕をせいいっぱい伸ばすことが出来ません。 上腕の部分は頭の中ですから、伸ばせるのは半分だったというこれが、三頭身で可愛さをとったデザインによる欠点でありました。 |
| 第六話 三度笠のゴン太くん |
| むかし、キャラクターグッズが流行していたら、こんな三度笠とかっぱを着た旅人姿が東海道を歩いていたかもしれません。 三度笠というのは木枯らし紋次郎のような、流れ者がかぶって旅をしていたものですが、笠の中には丸い輪がとり付けられていて、頭の上にその輪をのせて、垂らした紐をあごの下で結ぶというものです。 ![]() ゴン太くんの帽子の中に入っている、井村さんの頭も同じような、仕組みで固定しています。 三度笠はとても軽いのですが、気の毒なことにゴン太くんの場合帽子だけではないのです。あの大きな顔がくっついていますから、その重さはすべて頭のてっぺんに掛かっています。 当然、頭が少しでも傾くと、首に掛かる負担は想像以上にきついと、井村さんから聞かされていました。左右に首を振ることも同じと言えます。若い時は負担でなくても、番組が長く続いている間、だんだん重さを感じていたと思います。 時々、ノッポさんがゴン太くんのあごの下を持って引っ張ることがありました。ゴン太くんの手が短いので、ノッポさんもつい、あごの下を持って連れて行こうとするのですが、 「ノッポさん、あごの下を引っ張らないでネ」 と収録が終わると、マリ子さんが必ずお願いをしていたのが、印象的でした。 いま思うと、細くて長身のご主人の首が心配だったのでしょうね。 実は、ゴン太くんの手が長くならないのは、デザインのせいです。それについては、また今度。 |
| 第五話 帽子を脱げないゴン太くん |
| むかし動物のぬいぐるみは、お兄さんやお姉さんたちが小さく見えるくらい、みんな大きかったものです。 身体つきはお相撲さん並みでしたが、頭(カシラ)は武蔵丸以上に大きいものですから、当然お兄さんたちと並べば頭一つ高くなったのです。 そこで、ぬいぐるみの中に入る人は、背の高くない小柄な人を選んで、少しでもお兄さんたちより小さく、見せようとしていました。 そして、被っているカシラの目玉は、当然中に入っている人の目と高さや幅の位置が違います。初代のゴン太くんもそうでしたが、ほとんどのぬいぐるみは口の奥から覗いていました。新しいゴン太くんはそうしたくありませんでした。 なぜならノッポさんよりゴン太くんを高くすると、ノッポさんをノッポと言えなくなります。困ったことに井村さんは、ノッポさんと同じくらい背の高い人で、口を覗き窓にすることが出来ません。どうすればゴン太くんの背を低く出来るのか、そこがデザインのスタートでした。なにがヒントだったのか、いつ思い付いたのか、今になると思い出せないのですが、帽子をつけて中に入る人の頭を入れる。すると背が低く見える。では覗き窓はここに、と思い付いた時、このアイディアはすごい、と自画自賛したものです。 後にディズニーランドに行きましたら、人込みの中でサービスをしているキャラクターの中に、ゴン太くんと同じように帽子のベルトから覗いているのがいました。やはり小さくて可愛いイメージが必要なキャラクターでしたが、どこでも同じことを考えるものだと思いました。 ここにあるイラストのように帽子を脱いだことはありません。本当はくっついていますから不可能なのですが、構造的にはこんな風になるから、脱げないと言うわけです。 |
| 第四話 ゴン太の足の秘密 |
| ゴン太くん、つまり井村淳さんの足は、ゴン太くんの足を脱いでも「がに股」になってしまった。 なんて面白くするためにオーバーに書いてしまったら、奥さんのマリ子さんから、抗議?のFAXが絵入りで送られて来ました。 夫である井村さんの足は、決してがに股ではないと、言い切るのです。 いつも彼を見ている彼女がそう言うのですから、
きっと間違いはないのでしょう。また、それだけではなく送られて来た絵を見ると、マリ子さんが作ったゴン太の足には 「がに股予防」の工夫があったのです。 ながい間、できるかなをやっていたのに、ごん太の足に こんな秘密があったなんて、まったく知りませんでした。 ノッポさんだってきっと初耳ではないでしょうか。 何も考えず普通に作れば、大きな足を履かせて 「気をつけてね、歩きにくいから」 の一言で済ませてしまうでしょう。 しかし、マリ子さんの気配りは、プロとしてか、それとも 奥さんとしての愛情だったのか、そこのところは分かり ませんが、上から見て内側に寄っているのが分かります。 これなら普通に立っていられるわけですね。 それでも内側の厚みを意識する必要があるそうですが、 「なるほどね」と、感心してしまいました。 |
| 第三話 ゴン太くんは O脚だった |
ゴン太くんは、あたまとからだ、そして足の三つで出来ています。 初代の、名無しのごんべくんの時も、三つに分かれていましたが、 四角い箱の上に足を投げ出して座っているように、していました。 していました、と言うのは本物ではなくて、飾りものだったのです。 井村さんの本物の足は、箱の中で腰を掛けておろしていました。 飾りものの足を前に置き、井村さんの足で、箱のまま場所を 移動してもらいました。 ![]() もちろん、スタジオの端から端までの長旅には、誰かが押して あげるのですが、画面の中でも、ノッポさんの側にいたり、 少し離れていたりしなくてはなりませんから、ある程度は自分で 動くことが必要だったのです。 放送を続けているうちに、箱の上だけでは済まなくなりました。 フロアの上でボールを転がすような、ゲームをする場合など、 どうしても箱を降りることになります。 降りてみると、いろいろな活動が自由になりましたが、 なにしろ見せ掛けの足ですから、立ち上がれません。 中に入った井村さんはしゃがみながら、裾を引きずりの移動です。 やはり、立って歩けるものにしようと、生まれたのがゴン太くん。 なにしろ人間ばなれしている彼ですから、足は横広の三十二文、 人間の感覚で歩くと、左右の足がぶつかります。 どうしても、がに股になります。気の毒なことに井村さんは職業病 でしょうか、ゴン太くんの足を脱いでも歩き方がおかしくなりました。 スマートでダンディだった彼には、お詫びのしようもありません。 |
| 第二話 ゴン太ではなく ごんべだった |
昭和46年にノッポさんの「できるかな」が始まりました。 今、初代ゴン太くんといわれているのは「名無しのごんべ」でした。 「けものでもなく、そして人でもない」というキャラクターに付ける名前は、とても難しくてつけられません。 「チョキチョキくん」「ペタペタくん」「ヌリヌリくん」「パラパラくん」その日の番組の中で、主として使う道具や活動を音で表わし、 毎回変わった名前にしよう,ということになりました。 続けて三年間、ときには同じ名前もありましたが、125本は放送がありましたか ら、作家には毎回名前を考える苦労が大変だったのでしょう。 一年目のうちか、二年目だったのか私には記憶がないのですが、 いつしか「ゴン太くん」が決まりになってしまいました。 さて、この初代のデザインですが、製作時間に余裕が無かったので 廃物利用の精神にのっとり、既製品を利用しました。 東京新宿、京王デパート赤ちゃん用品売り場で見つけた、 かぶりものにする頭は、西ドイツ製で楕円形のベビーバスでした。 午前10時開店と同時に、井村御夫妻とエレベーターで6階(?)に駆け上がり 「井村さん、これこれ、これをかぶってみて」 開店早々、駆け込んできてベビーバスを頭にかぶる男、 ショウケースを拭きながら、目を丸くした店員が興味シンシンながら 見てみぬフリをしていました。 この井村さんが、初代と今のゴン太くんに18年入っていた人で、 奥さんの石井マリ子さんがゴン太の製作者ですから、 デザインをした私がゴン太の父なら、彼女は母にあたります。 今、人形劇団「井村 淳と仲間たち」は小さいゴン太を連れて全国で公演しています。 |
| 第一話 ゴン太くんの誕生日 |
“この毛並みだから、イヌだと思うわ” “いや、この顔はクマでしょう” 幼稚園・保育所の先生たちから一番多かった質問は、 ゴン太くんの身元調査でした。 なんだかわけのわからない いきもの は、 今でこそ珍しくはありませんが、当時は珍しいキャラクターでした。 “ねえ、ゴン太くんっていったい何の動物なんですか?” 昭和50年ごろの幼児や低学年番組は、動物のぬいぐるみや人形が お兄さんやお姉さんの相手役として登場していました。 イヌ、ネコ、ウサギ、クマ、トラ、タヌキ、ウシ、ロバ、カエル、 それこそポピュラーないきものは全部出つくした感じでした。 新番組を作るにあたって、ノッポさんの相手役はお姉さんではない、 人形でもない、とすれば ぬいぐるみ しかない。 当時の構成作家であった山元護久さんが私に注文をしました。 “けものでなく、そして人でもない ぬいぐるみをデザインして欲しい” 難しい注文でしたが、彼が“うん”と言うまで、 目の前でああでもない、こうでもないとスケッチを重ねました。 今考えてみると、それほど時間はかからなかったような気がします。 ゴン太という名前は山元さんの命名で、大阪でいうところのやんちゃ坊主らしいのですが、その頃、彼が好むタイプの子ども像でした。 |
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